これは1999年7月19日から8月4日まで25年勤続で取得した休暇で
旅行したときの記録を帰国報告として書いたものを紹介するものです。

休暇取得 パリ、ロンドン貧乏旅行帰国報告 1999年8月

はじめに当職の休暇取得に関し援助していただいた方々に感謝いたします。

旅行代理店HISにて
パリ(11泊)、ロンドン(4泊)、ホテルクーポン、それぞれの市内半日観光
往復の航空券とパリ-ロンドン間ユーロスターチケットの付いたツアーに申し込み
7月19日(月)名古屋発成田経由パリ行きに向かう。
中華航空は一人5万円安いといわれたが韓国で乗り換える手間と時間を考慮して
JALの直行便にした、とはいえ成田で乗り換えであった。
新婚旅行以来20年ぶりの海外旅行であった。
名古屋の税関を出た後タバコ20箱ウィスキー1本を仕入れる

出発前に何人かの知人から情報を仕入れる
内容の検討や詳細の調査なく出かけたのが後で悔む事となった。

下着,普段着の着替えを各ワンセットで機内持込のバッグとズックの肩掛けだけの
ラフな格好でいった。
これは出入国の時に楽であった。(女房は毎晩ホテルで洗濯をする事になった)

飛行機内テレビが日本の部分地図から世界地図に変わってしばらくしてから
フランスまで延々とロシア上空を飛行する。
ロシアはいやになるほど広い国だ。
12時間機内にいてタバコを吸えないのがつらい、
飛行中3回‘トイレでタバコを吸った人がいるがやめるように’と機内放送があった。

ドゴール空港について入国カードとパスポート提示をした、
何の質問も無くスタンプすら押さない。
日本出国スタンプはあるがフランスへ行った証明はない。
税関もない、旅行かばんを持っていないせいかな?

最初の心配どうり現地係員の出迎えが見当たらない。
フランスでの最初の買い物はテレフォンカードであった。50フラン
現地事務所に電話をしたら向かっているから待っていてくれと言われ待つことにした。
一時間ほど待って係が来た、
いろいろな航空会社からの到着者を回収して空港内を回っていたらしい。

10名位の客を何箇所かのホテルに送り
我々はモンマルトル墓地の入り口近くのイビスホテルだった。
現地係員がチェックインをこなし素早く去った。地下鉄の回数券を10枚置いていった。
現地時間 7月19日(月)18:30であった。

予め知人の言ったとうり朝食は全て付いていたが、昼夕食は現地調達しなくてはならない。
ホテル近くを探索しカフェみたいなところでピザとビールでその日は済ませた。
貧乏旅行を意識して滞在中タクシーを一度も利用せずもっぱら地下鉄とバスで移動した。

7月20日(火)
パリ半日観光にでかける、パレロワイアルの噴水前10:00集合であった。
ホテル近くのプラスドクリシーからシャンゼリゼ乗り換えでパレロワイアルまで
地下鉄回数券で行った。市内観光は日本の観光バスみたいなバスだった。
市内観光で概ねパリ中心街は了解した。
オペラ辺りで解散となりパレロワイアルまで歩くことにした。
オペラ道り界隈は日本の食事を出す店がかなりあった、日本で少し古いがと言ってくれた
市街地地図は充分利用できましたよ。つぶれたと言っていた店で同じ地図をくれました。
サッポロラーメンという店でミソラーメンをたべた、ゆでむらがひどくてまずかった。
以降何回かはサッポロラーメン近くの来々軒でラーメンを食べることとなった。

パリでのテーマはルーブル美術館とオランジェリー美術館であったが
当日は火曜日でルーブルは休館、オルセーはやっていると
市内観光でガイドから聞いていたのでオルセー美術館に行くことにした。
ミュゼカルネ(3日間通用券160F)を地下鉄切符売り場で購入しオルセーまで歩く。
確かに切符売り場で行列しなくても入れた。
オルセー美術館行くべし、絵画は芸術であると悟る。
ミレーの晩鐘・落穂拾いをみのがした、あると知っていれば必ず見たはずの一品だった。
帰国後別のガイドブックに展示場所まで書いてあった。
元々オルセーの存在すら知らずにパリへいったのもいけない。

パリでタバコを買う、20フラン400円であった。
高いとは聞いていたがこんなに高いとはとその時は思ったがロンドンでは840円だった。
日本でたずねた人でタバコを吸うひとが一人もいなかったせいか知識もなかった。
パリでの喫煙マナーはひどいものだ市内だけでなく近郊の観光地の
いたるところに吸殻を捨てて歩く。
スナック菓子の袋やら、空き缶を見事なまでに捨てて行く、
聞いてはいたが犬の糞だらけ、掃除の係りが一日中仕事をしている。
朝は比較的きれいだ。
比較をすればロンドンの電車、地下鉄車内のごみはパリよりひどい。

スーパーマーケットはたくさんあった、ホテルの近くにもあるモノプリで日用品を買い込む。
リンス事件
女房がリンスを買えず困った、シャンプーの類は山ほど置いてあるがリンスが
ないと言い出した。買い物客に尋ねたところ親切に教えてくれた。
いろいろな種類のジュエルタイプのヘアーコンディショナーがあり
日本で一般的な液状のリンスは1割程度であった。
その後の夕食はホテル近くの中華料理屋で済ますことになった。
アブラっこく味付けも濃くて閉口した。パンはうまい。
パリ近郊での農作物はほとんどが小麦(6割)トウモロコシ(1割)ヒマワリ(少々)レタス
ブロッコリーなどの青物である。後日葡萄畑を見るためにディジョンまで行った。

地下鉄週間カルネを購入する、週間とはいつ買っても日曜日までが使用期限であり
我々は水曜日から日曜日までの5日間使用することになった。
1.2区間共通で82フランであった。最後までどこまでが1区で2区なのかは不明であった。
ロンドンでは週間カルネは7日間で1.2ゾーン3.4ゾーンの色分け路線図があった。
週間カルネを購入するには写真が必要で予備に2枚ほど持っていったのが役立つ、
地下鉄構内にも自動撮影機はたくさんある。
地下鉄、バス、RER(高速近郊鉄道)、SNCF(国鉄)共通で貧乏旅行必需品。

7月21日(水)
ルーブル美術館 9時開館少し前に着いた時切符売り場に長蛇の列
ミュゼカルネの威力発揮で入り口はたくさんあり、
係にカルネを見せたら別の入り口を指差した。
ニケ、ビーナス、モナリザ、ハムラビ法典、スフィンクスなどテーマを
こなし、無料パンフレットのお勧めを消化する。
息を呑むルノワールの少女、ミレー、モネなんかが見逃すような所に
さりげなく置いてある。ガラスのカバーがあったのはモナリザだけであった。
上記は3時間位でこなせる。
6畳ほどの広さの個室トイレに入った、ノックされても返事ができない。

オランジェリー事件1
オランジェリー美術館入口に長蛇の列、例により係員にカルネを見せた
実はそんな人が何人もいて会話を聞いていた、よくわからなかったが
そんなのはゴミだ位のことを言われていた。
その場を後にしてピカソ美術館へ向かう。
ピカソコレクションにモジリアニなどがあった。

知人紹介の シャルチエに食事にいった
リューモンマルトル駅のすぐ近くのはずであった、通りに面していると思って探した。
2往復してふとわき道を見ると看板が見えた。なんと駅からすぐ近くだった。
なんとか食事はできた、フランス語のメニューが分からず
以後一度もフランス料理を口にすることがなかった。

水道水を下さい。
東南アジアと違い水は飲める。ばい菌はいない(と思う)。
最初はほかの観光客と同じように15フランの水を買っていたが
ホテルの洗面所の水が冷たくてうまいことが判明した。
その後はペットボトルに水道水をつめて行ったりもした。
女房は近所の人に唯一のフランス語を教えてもらっていた
‘キャラフ・ドゥ・シルブ・プレ’ 水道水を下さい。
パリを去る2日前になって思い出し使用したところ、一回で通じた。
以降は全てこれで通した。
ちなみにロンドンでは‘Tap water please’と言う。
‘with ice’を付けると氷が付く。

22日(木)
ベルサイユ宮殿へ行く RER(高速近郊鉄道)でアンバリッドから14.5F
C5の終点で降り皆が行く後をついていくと約10分で宮殿に到着、
パリ共通ミュゼカルネが通用する。
案内付との見学できる範囲に差がある。
とりあえず中に入り見学、すぐに飽きるのでたぶん皆と同じように庭に出る
アポロンだのネプチューンだのを見て、トリアノンへ行く。
SNCF にてパリ・モンパルナスへ帰る。14.5F
‘だから何なのと言われると困るが’といって紹介されたサントチャペルヘ
ステンドグラスは だから何なのだった。
ノートルダムを含め塔には工事中で登れなかった。教会ものはできたら塔に登るべし。
ベルサイユやブローニューで感じた事
1.蚊がいない、イギリスを含め1度も刺されなかった。
2.セミがいない 日比谷や新宿御苑では今ごろはすごいのではないか。
3.鳥がいない 鳴き声をほとんど聞かない。
この辺からお勧め紹介を手書き案内図をたよりに次々とクリアーして行く。
ラデファンス(グランダルシェ) 43フランのエレベーターで屋上からパリを見る。

葡萄酒はスーパーで3‐5フラン60‐100円位(1999年産)が多くすっぱい、
たぶん料理用で飲み物ではないのかもしれない。
15フラン300円だすと1997年物(2年もの)でわりと飲める。

フランスは英語が通じます。それもカタカナ英語(日本人的発音)で充分。
30代より若い人をつかまえてキャンアイアスクユアヘルプ?
イエス が帰ってくる
あとはカタカナ英語での会話が可能。英語圏より英語が苦手の人には楽である。

7月23日(金)
シャルトルへ行く モンパルナス駅からSNCF 71F
塔へ登る(25F)みやげ物売り場の裏手にある、これはお勧め。村中一望できる。
今日だけは地震がおきないでくれ。
シャルトル行くべし:塔に登るべし。
村を歩く、散歩道の案内がある。とりあえず3本の川があるほうへ。
カフェなど多し、観光地を外れると住宅地と畑、延々と小麦畑がつずく。

24日(土)
ホテルから歩きでモンマルトルの丘、サクレクールをクリアーする。
降りてくるとビガール付近の朝市に出くわす。

小銭ばらまきスリ事件:
これはパリ滞在中唯一の事件であった。
地下鉄の工事中で駅が見つからない。
工事現場近くで高速道路のガード下、足元は砂であった。
突然前の男が小銭をばらまき、拾い始めた、
いくつか拾った末私の足元を探り始め足を上げて見せろみたいな仕草で触ってきた。
ここでおかしい不自然を感じ後ろに避けた
この時後ろにいた男に肘鉄をかけるかっこうになった、
振り向くと太めの男が気まずそうに立ち去る。前を向きなおすと小銭男はいなかった。
これで終わりだが寒気がしてきた。

ロンシャン競馬場
ブローニュの森のはずれに有り、パリの市街地図に載っていない。
地下鉄ポルトトフィーヌ駅からバスを乗り継ぎオートゥィユ競馬場(ブローニュにある)から
延々とブローニュの森を歩く、競馬をやったことのある人にはアスコットと並び聖地
テールラシューズまで歩き、バスが来たので乗って帰る1.2区のカルネで乗ることができた。

凱旋門をクリアー:40フランを払って階段を上る。
エッフェル塔、凱旋門、グランダルシェはマークすべし。ふた周り見学した。

7月25日(日)
オランジェリー事件2
ガイドブックによると日曜日は半額との事で再度チャレンジ
9:00前に着いたがガランとしている、アメリカ人の4.50代のご婦人が2人
話し掛けてくる、何時に開くかが話題であった、私のガイドブックでは9:45である。
待つうちに10:00近くなり行列ができてきた。大半の人は切符を持参している、
10:00すぎになり切符を持った人は別の行列を作り入場して行く。
フランス語の分かるらしいアメリカじいさんが分けを聞きにいく、
その説明をさっきの婦人たちにしている。
それを横で聞いていて分かったことはモネ特別展期間中で予約客を入場させる
混乱しない程度に待っている客を入場させる。つまりいつ入れるか分からない、
そうこうしている間に先頭にいた我々を入れてくれた。49フラン必要だった。
モネの晩年の作品特集であった。1986‐1920 暗く大雑把な大作の印象
モネ以外の本来の目的作品は無かった。
8/2以降本年中改装のため2000年まで休業とのことであった。

ツールドフランス最終日ゴールの日
オランジュリーから出たら人ごみであった。
コンコルド広場でツールドフランスのゴールを炎天下4時間半待った。
その間、参加スポンサーの宣伝カーが2時間ほどコースを回るのを見ていた。
本体はあっと言うまに過ぎ去った。
警官たちはよく働いた。熱射病で3人次々と倒れる、警官が助けに行き救急車に乗せる。

リヨン駅でディジョンいきの切符を買う 最初のC/Cでの買い物である。222フラン
切符購入は書いて見せたほうがよい
Paris→Dijon 2class oneway 7/26 9:00~10:00 と書いて見せたら
8:52 & 10:14 と書いてよこした。なぜか8:52の方が安い。
鉄道駅は環状に点在し行き先により利用する駅は異なる。ただし切符はどこでも買える。

7月26日(月)
ディジョンには葡萄畑を見にいった。

レンタカーを借りる、デジョン駅前のAVISにて予約無しで飛び込み係りを困らせた。
15:00からなら借りられるとのことで時間潰しにダルシー公園のベンチで昼寝。
ルノーの小型車、24H保険250Km走行込で500Fだった。
宿泊確保はイビスモンマルトルの窓口のお姉さんに予約を頼んだ。
レンタカーで南下し葡萄畑を見に行く。
翌朝、スイスまで行く事にした。

7月27日(火)
イビス固有かもしれないがホテル宿泊料金は一人6000円、二人6000円つまり2人のほうが得
朝食代は40Fで2人分を申告して支払った。
8:30ホテルを出発し高速道路に乗るまで1時間かかる。ハイウエーは順調にすんだ
ブザンソン町中で迷った、そこではフランス地図しかなかったが自力で脱出できた。
ポンタルリエ経由ヌシャテル方面に向かう。
スイス国境警備員にはパスポートの提示を求められた、ここでもスタンプは押さない。
スイス国内を5Kmほど走行した後、車返却予定時間を気にしながらデジョンへ帰った。
高速道路は有料が多く料金は感覚的に日本の半分ですむ。

ガソリンを入れる スタンドで給油中のおばさんに給油すべき種類と方法を伝授いただく。
レンタカーのキーに付いているタグに種類は書いてあった。19.4lで120.5F

突然の考察 フランスでよかったことはリットル、メートル、グラム、温度など単位が
日本と同じものが多く、単位では通貨以外不自由することはなかった。

翌28日(水)は買物デーとした、例により朝8時にホテルを出発し
お勧めコースをいくつかクリアーする、マイヨーからエッフェル塔に上り
セーヌ川沿いにあるきシャンゼリゼへ行く。
手書きの地図を頼りにシャンゼリゼを散歩
カルチェラタン界隈を歩く。ソルボンヌの庭で写真をとる。
学校が休みのせいか町は静かでパリ市内他の場所より汚くない、
この辺りでは安い物を安く売っている。
カルチェラタンはお勧めものです。サンジェルマン通り日陰のベンチでしばし休憩する。

7月29日(木)
パリでの最後の日シャンティイへ行く
北駅の謎 ガレ・ド・ノード(北駅)とパリ・ノード(パリ北駅)は同じである。
がユーロスターはパリ・ノードからシャンティイへは北駅又はパリ北駅から出発する。
そんな訳で2時間ほど無駄にし11:34発の電車に乗った。
電車ではなくディーゼルカーがほとんどだった。(ロンドンでも同じ)
シャンティイ駅前案内場でシャトーへの行道を聞いたとうりに行ったら競馬場へでた。
芝コースの横断を試みた(コースの向うに城が見えている)が
施錠壁に阻まれ芝コースを引返す。1時間ほど無駄にする。
パックツアーでないと時間だけは大幅に無駄になる、
どこへ行くにも1日がかりで効率が悪い、それもまた良い。
パリ最後の夕食は中華料理で豪華にビール込で1人1600円も使ってしまった。

7月30日(金)
パリ北駅でフランス出国手つずきをしてユーロスターでロンドンへ向かう。
車内でホットサンドなるものを昼飯に食べた、初めてだった。なかなかいける。

ウォータールー駅ではイギリス入国スタンプを押してくれた。
タネルチャネルなぜか出国スタンプはない。
税関を出るとHIS係員が待っていてまずは安心、
美人で口数の多いお姉さんがホテルまで案内し、
てきぱきチェックインまでをこなし、私は本日の仕事はこれだけで時間があるからと
言って近くの地下鉄駅ハマースミスまで市内案内してくれた。
なぜか地下鉄の一日周遊券を1枚くれた。
イギリスの第一印象は目の高さが同じである事、
私は背の小さいほうであるがフランスより背の低い人が多いと感じた。
ロンドン町外れラベンコートが宿泊場所だった。
やはりロンドン市内地図には乗っていない。
ハマースミス駅界隈を例によりスーパーマーケット、レストラン、
パブなど物色しながら土地感をつけホテルへもどる。
ウィークエンド・トラベルカード(土日有効の周遊券)を購入する。
ロンドンのカルネは週日には9:30からしか使用できず旅行者には不親切である。

7月31日(土)
ベンコートホテルの朝食は時間を指定すると部屋まで箱に入れて持って来る。
半日市内観光に参加するため、オックスフォード・サーカスまで地下鉄で行く。
パリの地下鉄のほうが分かりやすいが、ロンドンの地下鉄もすぐに慣れた。
路線の呼び名が番号でなく、名前でつけてある(丸の内線みたい)日本と同じ。
市内観光でロンドンの概略をつかみ、昼からはテーマであった大英博物館へ行く。
ロンドンでは博物館、美術館はほとんどが無料である。
大英博物館は1口で言えば、エジプトの墓荒らし占領品展示場である。
行ったと言う事実を残しただけで終わった。
次のテーマはベーカー街221へはバスを乗り継いで行った。夕立に遭う。
次にナショナルギャラリー(半日観光で紹介された)を見て歩く。こちらは美術品で楽しめた。
18:00閉館時にちょうどゴッホ・ルノアール前で締め出され明日でなおすことにした。
夕食にケバブをホテル近くのインド料理屋でクリアー。

8月1日(日)
セントポール寺院、日曜日はミサがあり無料で入る事ができる(普段は入場料をとる)
1日4回ほどのミサに希望すれば席に座り参加できる。
参加したくない人たちは囲いの後ろでガヤガヤ見学をしている。

グリニッジ事件 地下鉄のスタッフにグリニッジへの行き方を聞く、
ノースグリニッジ駅があり2000年祭を行うためのドームを建設中らしい。
2区境目の駅(ローボード)までいってノースグリニッジまでの切符を買って
運転手のいないモノレールみたいな電車を乗り継ぐ、
ふと路線図を見ると日曜日は走っていないと書いてある。
乗換駅で駅員にバスか徒歩でいけないか尋ねたがらちがあかない。
グリニッジへ行けなかった日。
ロンドンタワーのトイレによる。
コベントガーデンをこなし再度ナショナルギャラリーへ、昨日の続きを消化する。
パブのビールはぬるい事件
たいていの安いレストランでもビールをたのむと冷えている。
パブなる店で十数個も並んだ蛇口からつがれたビールはぬるくてうまくない。
レモネードには氷を入れてもらった。

8月2日(月)オックスフォード
OneDayReturnの謎
ロンドンも鉄道の駅が行き先により異なり点在する、かつ山手線みたいな
連絡路線がなく、移動は専ら地下鉄をつかう。
Oxfordへはパディントン駅から出る。
自動販売機でも買える距離である、切符売り場で間違って往復切符を買った所
片道切符料金とほとんどかわらない。片道14.1£(2820円)往復14.2£(2840円)
イギリスでは日帰り往復を買おう。

パディントン駅列車に乗りそこねるか事件
ロンドンから地方へ向かう急行列車など出発時間は時刻表(電光掲示板)で分かるが
発車ホームが駅員に聞いても分からない(彼らも知らない)。
発車直前になって電光掲示板に表示される。
今回は発車3分前に表示され、はるか離れたホームの先頭3両のみで利用客は走る。
荷物を山ほど抱えた人も、乳母車をおすおばさんも皆走る。
馴れない人や足の遅い人は乗り遅れることになる。
ちなみに車内販売ワゴンで買ったレモネードもぬるくてまずかった。

オックスフォードの観光地は軽井沢か
夏休みでもありロンドン市内観光地と同じ大半が日本人
最近は韓国人が団体で観光地にいる、彼らは仲間と大声で話すから分る。
サンドイッチの昼食後またもやタバコをせびる人が現れた、
840円もするイギリスで買ったタバコなので断った。

8月3日(火) 今回の旅の最後の日 再度グリニッジに挑戦した
地下鉄District線でBowRoadまで行きDLR線に乗換IslandGardensまで連絡バスを乗り継ぎ
最後はGreenwich via Foot Tunnelなる線を歩いてテムズ川の下をわたりたどり着く。
子午線をまたいで写真をとる。日時計と24時間時計と電子時計が一目で見られる(視界に入る)。
帰りは国鉄グリニッジ駅から地上路線に乗ってロンドンの町並みを見ながら
キャノンストリートまできて地下鉄にのった。最初からこれで行けば良かったのだ。

国鉄に乗ろう
パリでもロンドンでも地上路線国鉄をカルネで同じ区間内であれば利用できる
地下鉄ばかり乗っていると景色がみえず、人込みと落書きばかり見ていることになる。

ハマースミスから歩いてホテルまで戻る途中お土産を購入する、
ハマースミス橋からテムズ川の逆流をみる、すごい勢いで上流に流れてゆく。

いろんな体験をしました。次回の機会があればもっと勉強をして行きます。
旅のヒントは人によって異なる、水道水を下さいや日帰往復切符などパックツアーには
無縁かも知れない。しかし知っていると良かったことは色々ありました。
こころよくパリ、ロンドン情報を頂いたかたには感謝いたします。

以上をもって 結果報告とさせていただきます。ありがとうございました。
1999年8月25日V1作成

追記1
パリ地下鉄構内の芸術家たち
パリの地下鉄駅では乗り換えホールでいろいろな音楽家が演奏をしていて
投げ銭を期待している。
一人でアコーデオンを弾き歌う人やら、けたたましいサキソフォン、トランペット
アンサンブルなどの本格的なものもある。
あとでN社の番組により知ったのは、
オーディションに受かった人が地下鉄管理者に許可を受けて合法的に商売としている、
最もある程度の腕前で、芸術といえるほどならオペラ座など本格的ホールで行う。
ロンドンの地下鉄では電車に乗り込んで稼ぐ若者も見かけた(東京と同じ)

追記2
ルーブル美術館のレプリカ
ミロのビーナスの台座にレプリカと書いてあり、客は良く知っており誰も近づかない。
ナポレオン3世のアパルトマンは改装中と称し入場不可という、ミロと同じ貸し出し中
ではないかと考察する。
東京でもモナリザの微笑み展なんてあったし。
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